三島由紀夫「東大を動物園にしろ」

新執行部の招集で御殿下グラウンドに五百人ぐらいの教師が集まった。そこへ百五十人かそこらの学生が現われただけで、この青空集会もたちまちにして雲散霧消させられちまった。そういう連中がこれまで何をしていたか。"変革の情熱"だの"変革の思想"だのと、エラそうなことをいって学生に吹きこみ、みずからも変革の情熱だか妄想にとりつかれていたんだ。
その彼らがいま、当の学生に見事に足もとをすくわれてヒーヒーいってるのも、みんな自業自得なんだよ。
「私は勉強する学生よりも、学生運動をする学生の方が好きです」なんていってたのは、どこの誰だい? 大河内一男前総長だよ。それならそれで、愛する学生運動家の吊し上げを最後まで食らって死ねばいいじゃないか。それこそが男としての一貫性だ。言行一致だ。
それをナンだい、遠くの方から"告示"を出して、入れられないと被害者面してやめてしまう。「肥ったブタよりも痩せたソクラテスになれ」といっていた人が、なんと「痩せたブタ」になっちまった。
それはともかく、力をもたない知性なんて屁の役にも立たないってことを、彼ら全東大教師は悟る必要がある。大正教養主義からの見事な成果がここへきて現われている。 一般学生はといえば、明治の帝大以来の、立身出世主義と個人主義がこれまた見事な成果をあげているんだね。テメエには洋々たる未来がある、つまらん紛争にかかずり合って大学を守ったって仕様がない、大学は腰かけ、世の中へ出て出世するんだ、という卑しい根性が見事に成果をあげている。
なるほど一生懸命やってる一般学生もいるにはいる。しかしいかんせん極めて少数だ。以上を要するに、教師も一般学生も弥縫策以上のビジョンを大学に対して持ち得ない、ということは明らかだ。
こうなったらいっそのこと、東大を動物園にしてしまえばいい、とぼくは思う。なまじ知性の府とかなんとかいってるからおかしくなるんで、知性だけにたよりたい者はみな大学から一切、手をひき、東大を上野の第二動物園にしちゃうんだ。あれだけ"サル"がいるんだから、サル山にしたっていいさ。

イデオロギーがあるのかどうか知らんが、すくなくとも人間性を解放したときの恐ろしさを示しているのが、"日大解放区"だよ。女子学生を裸にして針金で縛り上げ、反対派を街中のさらし者にしてから手足や指を折り、ライターの火を裸の背中に押しつけ……あれがいい例なんだ。
青年は人間性の本当の恐ろしさを知らない。そもそも市民の自覚というのは、人間性への恐怖から始まるんだ。自分の中の人間性への恐怖、他人の中にもあるだろう人間性への恐怖、それが市民の自覚を形成していく。互いに互いの人間性の恐ろしさを悟り、法律やらゴチャゴチャした手続きで互いの手を縛り合うんだね。
そうした法律やら手続きやらに、人間性の恐ろしさにまだ気づかない青年が反撥するのは当然といえば当然なんで、要は字彼らに人間性の本当の恐ろしさを気づかせてやりゃあいい。気づいた者と気づかない者、市民と青年ーこれは永遠の二律背反だね。
困ったことにすでに気づいた者の中にも、気づかなかった青年期へのノスタルジアがあって、気づかない青年たちの反撥にシンパシィを感じ、中にはこれに付和雷同する者のいることだ。こういう連中にも、時折あらためて人間性の恐ろしさを知らせてやる必要がある。

林教授の耐えたものがいかにつらいか、みんなが知らなくちゃいけない。一日に十五時間も耳もとでガァーッと怒鳴られることがどんなことか。アルジェリアの電気拷問と同じだよ。そして責める方はいくらでも交代できる。百七十時間もひとつ部屋にとじこめられることがどういうことか。みんなが想像してみなくちゃいけない。
あそこから人民裁判まではいま一歩なんだ。三角帽子と自己批判の前かけこそさせられなかったが、いま一歩なんだ。それを日本の知識人たちは、他ならぬ自分らの明日の運命として考えてみなきゃいかん。ボヤボヤしていると、三角帽子に前かけさせられるんだよ。そのとき林さんのように、あれだけの自尊心をもって戦える奴がいったい何人いるか。
ぼくは中共文化大革命のときにも抗議の声明を出したが、これは隣国のこととしてだけ考えていちゃいかん、われわれの前にも近づいている、と思ったからだ。日本の全知識人は東大紛争を文化小革命として、文化大革命のミニアチュアとして、よく研究しなきゃいけない。
ぼくは権威の破壊には賛成だよ。しかし人間の自尊心や誇りを破壊することは、絶対に許せない。林さんは許せないことを許せないこととして、最後まで頑張った。ぼくが常々口を酸っぱくしていっている「文化防衛」とは、そういうことなんだ。自尊心を守るということなんだ。
ああいう連中に対して文化を守るということは、自分の自尊心を守ること以外にない。それを林さんは身をもって証明した。見事に文化防衛してくれた。それが林教授不法監禁事件の結論だね。