ヘーシンクに敗れた日本柔道

朝日新聞昭和36年12月5日

牛島八段は敗因として選手の環境の差と研究不足、そして闘志の不足をあげた。「環境の差というのは曾根、神永、古賀いづれにしても道場を持っているヘーシンク、つまり柔道専門家の彼とサラリーマン、学生である日本選手との差をいっているのだ。柔道、剣道はもともとプロなのだ。プロだからこそ強くなるために、ぎびしい練習で技をみがぎ、精進ができるのだ。
 戦前の柔道、剣道は専門家が多く、それだけに強かった。だがいまの柔道はスポーツとしての柔道を考えなければならない。こんなところに第一の敗因がある」と。そして昔の強さがいまもそのまま生きていると信じている人たちが柔道界にいることを嘆いていた。
 牛島さんはさらに「いまの日本の柔道は不具だ」と評している。最近講道館あたりが立技に対する寝技をおろそかにしているというのである。「さる九月三日福岡での日本代表決定戦でも、ほとんどの決まり手は立技で、寝技で決めたのは二、三試合だけであった。最近の柔道の試合でも寝技はほとんど見ない。
 柔道では立技と寝技は表裏一体のもので、今度の世界選手権のヘーシンクのように、立ち技は日本選手と同じ強さをもち、体力は彼の方が上とあれば、あとは寝技で勝負するより手はないのだ。それが軽く見られているというのは残念だ」というのである。そして牛島さんはいまから数年前、フランスの柔道研究家が、寝技ばかりを日本で研究していたことをつけ加えた。そしてそのとき牛島八段は、このフラソス人が近い将来レスリングと寝技を合せた新しい寝技をつくり出すに違いないと予想した。
 「こうした基礎の立技にあわせた寝技の勉強不足もあるが、いま一つ日本選手の得意技は、強い、切れ味の鋭いといわれる古賀でさえ、もう三年も同じ得意技を使っている。得意技というのは二年もすれば、もう使えなくなるのが本当なのに、まだその技が通用するというのは、いまの柔道界全体が研究不足に陥っているのだ」と指摘するる。
 これではヘーシンクが講道館で日本選手の技を研究し、その成果が世界選手権であらわれたのも当然であった。
 では三年後の東京オリンピックに備えるにはどうしたらよいか。
 牛島八段は「理論的に教えるのもいいが、もっともっと学生を鍛え、学生から日本代表選手が出るようにしなければならない。そして技術的な点では立技−寝技−立技と連携した技を覚えることだ。特に体格の大きい外国選手にはからだの死角が多いから寝技が最も有効だろう」と結んだ。