効能があいまいな「トクホ」は廃止を

11月14日朝日朝刊オピニオン
油脂と肥満に詳しい早稲田大学特任教授の鈴木正成さん

 トクホって、商品のラベルに「血圧が高めの人におすすめ」とか、「中性脂肪が気になる方の食生活改善に」とかあるものですね。
「トクホの背景には生活習慣病があります。高齢化社会に伴う医療費の増大を食い止めるため、食生活で病気になる危険性を減らそうと、国が考えました。一方で、様々な効能をうたう健康商品が氾濫し消費者を惑わせている。科学的な根拠のある食品を国が認定すれば、インチキ商品を淘汰できるというわけです」
 国のお墨付きを得ているから効果はあるでしょう。
「それが疑問なんです。私は、80年ごろから油脂と肥満の関係を研究してきました。食品企業がトクホの申請で実験論文を出す前にその論文の指導や助言にもかかわり、ある程度事情がわかります」
エコナの宣伝を見て、ホントかなと。主成分のジアシルグリセロール(DAG)を含むエコナと、普通の植物性サラダ油(大豆油)を使い、ラットと人に摂取させて比べました。ラットでは体脂肪の蓄積を小さくする作用はエコナには認められず、エコナとサラダ油でそれぞれ揚げたコロッケをご飯とみそ汁と一緒に学生に食べさせた実験でも、脂肪の燃焼と血中中性脂肪の上昇の程度に差はなかった」
 発表したのですか。
「02年、日本肥満学会で発表しました。ところが発表の前日、事前に予稿集を手に入れた花王の担当者が大学を訪ね、『会社の実験では効果があった』と論文を見せられました。でも調理に使わずに飲ませたり、糖尿病患者を使ったり、限定された条件で得られたデータがほとんど。私たちの実験は日常生活が前提です。『肥満者が毎日10グラム、数カ月連続で摂取した場合など特殊な条件で効果があったと効能を言うべきで、万人に効くような誤解を与えてはいけない』と忠告しました」
 ほかの商品でもこのようなことがあるのですか。
「血糖値の上昇を抑制するとうたったデキストリンを含むお茶とポリフェノールを含むお茶を普通の水出し煎茶と比べました。学生が日常的な食事を食べながら飲みました。いずれも血糖値を抑制する効果はありませんでした」
 企業の実験と先生の実験でなぜ差が出るのですか。
「企業の実験に使われた試験食はご飯だけのような特殊なものが多い。飲料に加えた成分はでんぶんの消化・吸収を抑えて食後、血糖値の上昇を小さくすると説明されているから、ご飯だけを食べる特殊な条件で出やすい。私たちの実験ではサケ定食、ハンバーグ定食、豚めしが試験食。日常生活に近い条件では出にくかったのでしょう」
「企業が出すデータは、効果が出やすいように食事を特殊なものにしたり、限られた条件で出されたりすることが多い。実験で得た数字は正しくても効果は限定的です」
 ところが、国は「気になる方におすすめ」という表示を認めています。
「成人で体脂肪や血糖値、コレステロールを気にしない人は少ないでしょう。『多数の人に効く』と言うなら様々な条件で実験し効果を証明しないといけない。でも膨大な費用がかかり商品の値段は跳ね上がる。開発費が低額ですめば、普通の商品より少し高い程度ですみ販売しやすい」
 安全性について、医薬品なら何度も企業にデータを提出させるなど厳しく審査しますが、トクホは?
「そこが不十分なのです。国は、食品だから元々安全性は確保されているとして、安全性を確認する実験も企業の自主判断に任せています。でもエコナのように製造の過程で副産物ができる可能性があるのだから、安全確認を義務づけ、問題があれば国の研究機関で確認すべきです」
エコナで国の対応がまずいのは許可後に安全性を国が試験していること(表03年6月参照)。順序が逆です」
 エコナマヨネーズタイプの国の審査にかかわった研究者の一人は私に「花王のデータに疑いがあり、会議で安全確認の実験を求めたが、国は追試の結果が出る前に許可した。最初から許可ありきの姿勢だった」と言いました。
「委員会で官僚の作ったシナリオを乱すと嫌われます。それでも花王は質のよい学術雑誌に論文を載せているのでまだいい方。企業から出てくる論文には内容不十分なものがかなりあります」
「私はトクホの申請に必要な、人を使った臨床試験を主として掲載する『健康・栄養食品研究誌』 (財団法人日本健康・栄養食品協会発行)の論文検討委員を担当していますが、食品業界は中小企業が多く、研究設備も人員も乏しく論文をきちんと書ける人も少ない。そこで論文審査のほか、書き方なども指導・助言しています」
 不十分な論文があるわけですね。
「審査では、実験の組み方の改良や追加試験が必要だと出し直しを求めることもあります。食品企業は、実験の枠を超え、商品に、誰にでも有効であると書きたがる。研究者から『限定した条件で効果があるのに、宣伝担当が聞き入れない』と悩みを聞かされたこともある。限定された条件で効果が期待できるかもしれないというような表現にとどめるよう指導しました」
 海外にもトクホのような制度があるのですか。
「健康強調表示と呼ばれ、認めている国も多い。でも誇大表示などで消費者が不利益を受けないように、世界保健機関(WHO)と国連食糧農業機関(FAO)の合同食品規格委員会が各国向けに表示指針を作っています。そこに『適切で十分な科学的な証拠の裏付けがあり、消費者が健康な食生活を選択するための誤解のない正しい情報を提供し、消費者に対する科学的な教育の支援がなければならない』とある。日本の現実はどうでしょうか」
 では、どうすれば。
消費者庁は健康表示広告を中止し、許可された商品について、消費者が誰でも聞違いなく効能を確認できるような根拠があるのか、再審査する。多くの商品ではっきりしないようなら、トクホ制度自体を廃止すべきです。トクホをやめたらインチキ商品があふれると官僚は言うが、それは消費者庁公正取引委員会が取り締まればいいこと。そしてだまされないよう消費者教育に力を入れてほしい」