逆襲のヒトシ

id:goldhead氏のブコメより
はてなブックマーク - goldheadのブックマーク / 2009年6月15日

関係ないが、シャアみたいだと思った。重力の井戸に魂を縛られた人たちは……。

ロンドン

「くぁwせdrftgyふ」
「させるかぁ!」

ある金曜日、ロンドンにるX大尉*1からの電報を受けとった。
「相談したいことがある。あすの土曜、昼までに来てくれ。”日の出”で待っている」
土曜日の午後一時頃、日の出に着いて見ると、四階の寝室と浴室とがついている良い部屋でXが待っていた。
どうしたわけか、まったく酒のいけない彼がひとりでウイスキーの角瓶を前にしてやっている。
「どうしたんだ。飲めない酒を今時分からやっていて…。何だい相談ごとって……」
「これを読んでくれ。酒でも飲まなきゃやりきれん」
そういい、また生のままのウイスキーを傾けた。手紙は彼の母からの長いもの。次の趣旨のことが書かれている。
「突然に『孫ふたりが、何時港に着く』という電報がついたので、遊びによこしたのだろうと思い、迎えにいって見ますと、ほかのお客のあとから、まだ小学生にもなっていないふたりがわんわん泣きながら、船員につれられて船からおりてきました。やにわにとんで行き「お母ちゃんは」と聞きましても、泣きじゃくってばかりいるのです。(中略)人力車に乗せ、家に帰ったものの、いくらおばあさんのところによこすのでも、汚れたみすぼらしい着物を着せたまま旅にだすなんて……。(中略)二、三日するとよめからの手紙がやって来て、「近頃の東京の物価はとても高く、大尉の月給だけでは暮して行けません。それでこないだ御送金をお願いしたのですのにお送りがなく、とても子供を育てては行けません。ふたりはおばあさまのところでお育ていただきます」と申すのです。毎月、嫁の受け取る大尉の俸給で女ひとりと子供ふたりがやって行けないとは思えませんが、おまえがそっちに行ってからは幾度も金の入用をいってまいり、その都度送ってやりましたが、こないだのものは相当多額なので、どうしてこんな金がいるのか腑に落ちず、よく確かめてからと思っている矢さきに孫どもの送りつけです。(中略)親類からも新聞の切抜きを入れてよこし、「あれは浅草の舞台に出てもう相当の人気者になっており、すっかり身を持ちくずしている」ともいって来ています。外国にいるあんたにこんなことを知らせるのはなんとも心苦しく、幾度も手紙に書いては破り書いては破りしましたが、子までを棄てる乱脈ぶりはかくしてはおけず、万一そっちに届く日本の新聞などであれの舞台入りのことなどを知ったときのあんたの驚きなども考え、この手紙を送ることにしたのです。あんたからも至急なこうどの人たちに手紙をだし、あれの身持ちをいましめ、よく監督していただくよう、依頼して下さい。」
外国に行っているたったひとりの子の上を案じて綴った母の手紙には、ところどころに涙の垂れたためのしみらしいぶちが見え、私にはX大尉の母の気持がよく察せられると同時に、これを読んだ彼の心のもだえがはっきりわかる気がした。私が長い手紙を見ている開、Xは幾はいもウイスキーを口にした。角瓶はもうあらかた空になっている。
「わかるよ、君の気持は。だが、飲めない君がそんなにあおったのでは、相談も何も出来ないじゃないか…」
ああ、生きていたくない
彼は急に声をたてて泣きだし、テーブルの上にうつ伏した。
何とも慰めようがなく、泣くにまかせておいたところ、急に立ったと見るとうしろのガラス窓をあけた。四階の窓である。
私は無意識にまん中の机を飛び越し、飛び下りようとした彼の脚をしっかりつかんだ。重いからだなのでなかなか引っぱり込めないでいると、私の昼食を持ってはいって来た日の出の主人があっと声をあげて飛びつき、ふたりがかりでやっとのこと室内に引き入れた。
「酔っぱらって窓から小便をしようとし、落ちかかったのです。あぶないところだった」
そういい主人をごまかしたが、その通りと合点したほど、Xの酔った息づかいははげしかった。
「ご主人!やれないのに、僕を待っている退屈しのぎに飲んじゃって、すっかり頭をやられている。近くの薬屋でアダリン(催眠薬)を買わして下さい。眠らせれば気がしずまりましょう……」
事情を知らない日の出の主人は何の疑いもおこさず、私に手伝ってつづき部屋の寝台の上に彼を横たえ、すぐに薬を買いにいってくれた。(中略)
私は前の机で昼食した。ひとりぽっちに彼を残して外に出るわけには行かず、彼の寝ている隣りの寝台に横たわり、殆んど前後不覚にいびきを立てている彼の顔に目をやった。
この不幸きわまる友人の寝姿に、私は云いしれぬ同情の思いを起こした。

東京

「そんな大人、修正してやる!!」
「これが若さか・・・」

また、ある日のこと、満州関東軍司令部から、参謀副長が一、二名の参謀をつれて、飛行上京し、参謀本部に出頭して、「関東軍首脳部の意見」を述べた。私*2は故意にその席に出なかったので、あとで副長がわざわざ私の室をたたかれ、電燈の下、四つの目だけで対談し、その所見を述べられた。そして、「これは避け得られない宿命だろう」と諒々と話された。私は、深い恩義を感じかつ心から敬愛しているこの先輩に対し、面をおかして私の所信をもって反駁し、更に、「関東軍参謀副長として、今の時期こそ、そのの任地を動かず大勢の行方を見つめていられるのが至当であろうに、呼ばれもせぬのに東京に来て、任務以外のさし出口をなさること、他の方ならいざ知らず、あなたのなさることとして、私は解し得ない。中国そのものを軽視し、事態を慎重に考えられぬためのこれが証拠だと思われる」との意を率直に述べた。関東軍参謀副長は私の借越な言葉にも怒らず激せず、「このたびは君と意見があわぬままで帰ろう。なにしろ健康に気をつけなさい」といったのであった。

同じく東京

内蒙古満洲の防壁となってくれるかもしれなかった土地だ」
「貴様ほどの男がなんと器の小さい」

既に冀東財政が窮乏を来たした以上、内蒙古援助は物心両面とも、いっさい関東軍自身で行うことが必要となった。そのため私は、軍参謀長*3の意図を受け、陸軍省の諒解、とくにこの際三百万円の内蒙古工作費の配当を懇請するため、東上するの已むなきに至った。
次官は梅津美治郎中将*4。私が中尉時代、陸大入学試験の際、直接指導を受け、又満州事件当時は共に参謀本部にあって心労をわかちあい、私の公的人事は、いつもこ
の中将の配慮を受けており、板垣中将同様、師弟関係に近いことを知っていた周囲の人々は、私に説かせれば、次官は諒解を与えるかも知れないとの思惑から、私の東上を欲したものである。
人をまじえず、約一時間にわたり梅津中将と会談し、関東軍として見る内蒙工作の必要と、その現況、並びに三百万円の即時入用を説いた。
「君の説明はそれで終ったのか」
「これで終りました」
「では二、三私から聞いておく。第一は、先だって石原少将*5満洲にやり、内蒙工作に対する意思を伝えさせたときの、関東軍幕僚たちの、同少将に対する態度は、あれは何です」
「私は中央の派遣使節の人選が、当を得ていなかったためと思います。が、中央を代表した人に対し、軍参謀どもの示した態度は、不都合のものであり、申訳ないことでありました」
「第二に、既に中央は、大局上の判断から、内蒙工作は不可なりと観察し、総長*6、大臣の意図を、石原をして伝えしめたにもかかわらず、それを中止せず、今につづけている理由」
「軍司令官*7は、満州国建設上、内蒙方面からするソ連の赤化工作と、蒋政権の策謀とに対処するため、内蒙工作は、どうしてもやめ得ないと判断されています」
「よろしい、仮りにそうだとするなら、なぜ関東軍は、石原派遣の直後、軍参謀長なり君なりが上京の上、中央の長官に、軍司令官の希望を具申し、その諒解を求めることをしなかったのか」
「誠におくれて相すみません。それでこのたび私に上京を命ぜられたのであります」
左様な申訳は立ちません。北支駐屯軍司令部は、関東軍のやっている内蒙工作を、一部始終中央に報告して来ています。関東軍が、いかに中央の意向を無視し、勝手なふるまいに及んでいるかは、明らかに知られています。君は軍司令官の希望というが、僕はそれを信じない。今日に至っては、すべてをぶちまけて云っておかなければならん。そもそも西尾軍参謀長*8が、参謀次長に転出の場合、そのあとに、板垣を軍参謀長に昇格せしめるとして、新副長に誰を充てたらよいかについて、僕は西尾中将と相談した。満州事変当時のような、中央の統制を無視し、出先きだけで、専断の振舞いをする悪傾向は、西尾中将の努力で、大きく矯正はされたが、まだ根絶には至っていない。結局満州事変当時、中央の作戦課長として、僕等といっしょに、関東軍の統制無視に苦汁をのまされた君なら、この悪風根絶に努力するだろう。もちろん君が下の参謀たちに手こずることもあろうし、悪評の嵐にさらされることもあろう。が、これは中央が君のうしろだてになってやればしのいで行けようというので、君を今の位置におしたのだ。つい先頃まで、満州からつたわる君の悪評と、その悪評の原因とを知るたびに、僕は君をあの位置にすえたのはよかったと、思っていたものだ。それが、この内蒙工作に至ってはどうです。僕は、一私人として、君の今日の説明がわがらんことはない。赤化工作と蒋の策謀に対する心配も、尤もであり、ソ連との間に衝突を起こさない考慮のもとに特務機関の配置も肯定される。しかし何よりも大きな緊要事は、かつて五年前君が力説した、軍律の統制に服する軍紀の刷新なのだ。君が武藤章*9や田中*10の献策を考慮するはよい。が、君までが、中央の統制を俟つことなしに、内蒙工作に同意するようになったとは……″居は人の心を移す″のか。遂に君も満化し、かつての石原の後を追おうとしている……
ここまで言い、いかにも感慨深そうに私をみつめ、その眼はうるんでいる。私は、すっかりこの人の言葉に打たれ、うなだれてしまった。