裁かれる昭和<第二回>二・二六事件と「幻の宇垣内閣」

二・二六事件については特筆すべき事項なし。

腹切り問答

いったいなぜ、こんな喧嘩がおこってしまったのかというと、ちゃんと理由があります。当日、寺内陸相が浜田の反論として読んだ答弁の原稿に問題があったのです。
代表質問の場合、質問者は、あらかじめ演説原稿を十分吟味したうえで、質問に臨みます。政府側も、質問者の演説内容をある程度想定して、答弁の原稿を作っておくのです。この時、陸軍省の軍務課は質問者を宮脇長吉(政友会、陸軍士官学校卒で航空大佐から衆議院議員)と想定した答弁用の原稿を書いていた。
しかし、実際に演説したのは浜田です。浜田は弁護士で、一字一句吟味した演説原稿を読んでいる。陸軍に付け込まれるようなことはことも言っていない。
一方の寺内陸相は、軍務課の用意した答弁書をそのまま読んでいるのですから、寺内と浜田の問答は波長が合いません。このため、浜田が寺内にかみつふき「腹切り問答」にまで発展したのです。
これが事の真相です。陸軍が密かに計画していたワナに寺内、浜田がおどらされたのではないかと思います。

いくら寺内がポンコツロボットとは言え・・・

寺内陸相の答弁「政党ノ自粛自戒ヲ望ム」

陸軍ニ対シテ種々ノ御注意ガアリマスカラ私ハ此ノ機会ニ総括的所信ヲ披瀝致シ度イト思ヒマス
陸軍ニ対シテ色々ナ事ヲ言ハレマスル其根元ハ陸軍ガ政治上無視シ得ザルー種ノ指導的存在デアル事デアリマス 斯ル事態ハ陸軍ガ好ンデ作ツタモノデハアリマセン 客観的情勢ガ然ラシメタノデアジマス 其ノ客観的情勢トハ何カト云フコトハ 政党ノ諸君ガ反省シテ御覧ニナレハ極メテ明瞭ナコトト存スルノデアリマス 若シ議員各位ガ真ニ反省シテ 自粛自戒シテー意国利民福ノ増進ニ努カセラレ 庶政ガ着々一新セラレテ参リマスナラバ 陸軍ハ安ンジテ国防本来ノ使命ニノミ専念致スコトガ出来ルノデアリマス 然シ乍ラ 今日政党ガ更生スルコトナク 徒ニ蝸牛角上ノ争ニ没頭セラルル等ノ事態カ革正セラレナケレハ 陸軍ハ広義国防的見地ニ於テ 更ニ深甚ノ考慮ヲ払ハネバナラヌト考フルノデアリマス

これが浜田国松に食いつかれた寺内の答弁。

宇垣大命降下の瞬間

広田内閣の政変では、各社の政治部記者は総出で首相候補者たちの動向を追っていました。
僕は、今度は宇垣に大命が降下するという確信をもっていたから、四谷の宇垣の家に詰めていました。確か夜の十時を回ったころ、突然、電話のベルが鳴ったんです。
電話に、宇垣の女婿の矢野義男がでて、何やら二言三言話しながら、僕の方を見て彼は涙を流した。これで僕は、大命は宇垣に降下したと確信して、道路の向かいにある米屋に駆け込み、息せき切りながらこう叫んだものです。
「電話を貸してくれ。宇垣さんが総理になった!」
そうしたら米屋の主人が喜んで、靴を履いたままでよいから電話を使って下さいと言ってくれた。僕は、社に電話をして、
「宇垣に大命降下。号外」
と言ったが、残念ながらデスクは号外を出す勇気がなかったのです。
後で矢野に涙を流した理由を聞くと、「宮内省から長岡の宇垣の別荘の電話番号を聞いてきた。その瞬間、涙が出た」と言っていた。