「台湾ドリーム」裏切りの傷

朝日新聞国際面より

「親愛なる友よ、分かってほしい、私はあなたの犯行を断罪しなくてはならない」
検察官の声に、法廷は静まり返った。被告人席にいるのは台湾の陳水扁前総統(58)。陳氏は表情を変えず、メモをとり続けた。
陳氏は昨年、総統在任中の海外への不正送金や収賄で逮捕・起訴された。台湾で総統経験者が裁かれるのは初めてのこと。「総統の犯罪」の判決が11日に言い渡される。
7月の論告求刑で陳氏に語りかけたのは林勤綱・主任検察官(56)。陳氏の台湾大法学部の1年後輩で80年代、共に民主化運動を戦った仲だ。陳氏は弁護士から政治家、林氏は検事の道を進んだ。
林氏は、30年以上前、日本での田中角栄元首相の逮捕に、国民党独裁の腐敗を憎んだ2人の若者がどれほど勇気づけられたかを追憶しつつ、言葉の矢を放った。
「あなたの民主化への貢献が巨大なものだったとしても、罪は回避できない。権力はあなたが握っていたのだ」
陳氏は、台湾南部の貧しい家庭に育ち、努力の末に総統に上りつめた。その成功物語に人びとは熱狂した。
「台湾の子」と呼ばれた陳氏の転落。不正送金の実行役、長男夫妻は裁判途中で罪を認めた。長女は父をかばった偽証罪で有罪判決を受け、希望する海外留学の道が閉ざされた。主犯格の呉淑珍夫人(57)は「夫は選挙狂いの政治的動物。寂しかった」と蓄財に走った心境を漏らした。
陳氏が体現した「台湾ドリーム」は消し飛び、人びとにうらやまれた「ファーストファミリー」は崩壊した。