田中田中田中

インパール』にはいずれも弓師団の三人の田中が出てくる。一人目は師団参謀長の田中鉄次郎大佐。酒と女が好きな粗暴タイプの参謀で、理知的な柳田師団長とは肌合いが合わず、むしろ軍司令官の牟田口中将と合った。柳田中将は当初からインパール作戦には懐疑的であったため、牟田口中将は柳田中将の頭越しに田中大佐とやり取りするような態度に出て、遂には師団長は更迭された。この田中大佐は後に戦死した。
二人目は作間連隊の第三大隊長田中稔少佐。異常に飛行機を怖がる人で、その行軍は遅々として進まず、部下からも基地外扱いされていた。また乾パンが好きで、兵隊が食糧もなく苦しんでいるときも、一人馬上で乾パンをポリポリやっていた。連隊が全滅しかかっていても、後方に引っ込んで出てこようとしなかったため、遂に更迭されるが、そのときも、従卒を連れずに一人で退くようにという命令を無視して、従卒を連れて更に馬一頭と乾パン二包みを持って行ってしまった。この人は結局どうなったのか知らない。
三人目は柳田中将の後任の師団長心得田中信男少将。少佐時代には馬占山追跡で名を売った無天の豪傑型。牟田口が特に見込んで柳田の後任に据えた。着任早々部下の軍刀を調べて、錆びていると怒り、部下をがっかりさせたが、実際の戦況に接し、作戦遂行はもはや無理であるという判断を下すだけの分別は持ち合わせていたようだ。敗退し、師団司令部に出頭した作間連隊長は、てっきりどやしつけられるものと覚悟していたが、田中は彼を労わり、この作戦は無理であること、少ない兵で手を広げすぎていること、中国戦線と同じ戦術ではいかんということ、等を語った。後に中将に進み師団長となった。