死ノ叫声・結

世の富豪に訓ゆ、汝等は我利我慾のため終世戦々競々たるよりも寧ろ大我的見地の安全なるを悟らば汝等が罪悪の結晶物たる不浄財の大半を擲ち防貧保健其の他の慈善事業社会事業の完成を期し更に汝等のためのみに都合よき法律習慣を打破革新し能く万民平等の実を拳ぐる意なき乎、然ずんば汝等の最愛なる妻子眷族は財を奪はれ家を焼かれ夫を殺されて宵闇の木陰に淫を売り人の門前に食を乞ふの惨害に巡はんのみ。

世の元老政治家顕官等に訓ふ、我等は君国のためなりとの金看板の裏にかくれ地位を利用し一味と計り忠良にして愚直なる国民を欺いて自己に都合よき法律制度を布き不浄財を蓄へ更に恐れ多くも陛下の聡明を覆ひ奉り奸富と結びて赤子を迫害せし積怨を悔悟するの意なきや、汝等積悪の果として光輝ある国体を破壊し汝等祖先の苦心の経営になりし日本の特徴と文化とを粉砕するを望むや、今にして汝等悔悟せずんば總て汝等は他国に亡命するか虐殺の標的となるか断頭台の露と消ゆる外なかるべし。

世の華族に訓ふ、汝等は汝等の祖先が吾等の祖先を戦死させ吾等の祖先の財物を強奪し而して大名となり藩主となりしが故に汝等は華族に列せられしを知るか、即ち汝等の華族たるは畢竟吾等祖先の賜にして実に汝等祖先の賜に非ず、既に汝等祖先の賜ならずとせば汝は何の顔あり何の意義あり権利ありて華族たり得るか、功なく実なくして国家の栄爵をけがすは罪悪なり況んや何等の人間としての天職も果さず徒らに遊惰淫逸するに於てをや、速に爵位を奉還し一労働者となりて国家社会に奉仕すべし、其他自己の力量功績を以つて華族に列せし以外の世襲華族等栄爵に留する資格なきのみならず天意に反せる事を悟れ。

世の将軍等に訓ふ、汝等は吾等の兄弟又は戦友の戦死と奮闘と犠牲とにより今日の栄位を辱ふし乍ら吾等の兄弟戦友の遺族が食ふや食はずの惨状に号泣せるを知らず顔に威を張り得るか、戦争の時のみ国家の干城なりと煽て上げ平時は血の出る如き納税を強ひ併も参政権をさへ与へざる今日の法令を肯定し得るか、汝等は宜しく政党と称する悪魔等を膺懲し真個の君臣一体の御代となす可く努力せよ。

更に世の青年志士に檄す、卿等は大正維新を実行す可き天命を有せり、而して之を為すには先づ第一に奸富を葬る事、第二に既成政党を粉砕する事、第三に顕官貴族を葬る事、第四に普通選挙を実現する事、第五に世襲華族世襲財産制を撤廃する事、第六に土地を国有となし小作農を救済する事、第七に十万円以上の富を有する者は一切を没収する事、第八に大会社を国営となす事、第九に一年兵役となす事・・・・等により染手すべし、併も最急の方法は奸富の征伐にして其は決死を以て暗殺するより外に道なし。

最後に予の盟友に遺す、卿等予が平素の主義を体し語らず騒がず表はさず黙々の裡に只だ刺せ、只だ衝け、只だ切れ、只だ放て、而して同志の間往来の要なく結束の要なし、唯で一名を葬れ、是れ即ち自己一名の手段と方法とを尽せよ、然らば即ち革命の機運は熟し随所に蜂火揚り同志は立所に雲集せん、夢々利を取るな、名を好むな、只だ死ね、只だ眠れ、必ず賢を取るな、大愚を採り大痴を習へ、吾れ卿等の信頼すべきを知るが故に檄を飛ばさず予の死別を告げず黙黙として予の天分に往くのみ、吁々夫れ何等の光栄ぞや何等の喜悦ぞや。

 大正十年九月三日
       東宮殿下を奉迎するの日に書す
                      朝 日 平 吾

知人の弁護士の名を騙って安田善次郎に面会した朝日平吾は、呑んでいた短刀で安田を刺殺し、自らも安田邸の縁側で首を切って自決した。「金が安田か安田が金か」とまで言われた人だっただけに、世の中の同情はあまり集まらなかったようだ。朝日新聞も「富豪は自覚せよ」という社説を載せている。
朝日の遺書は、黒竜内田良平、東京毎日新聞社藤田勇*1北一輝宛てにそれぞれあった。北は朝日と一面識もなかったが、読売新聞の取材に応えて、名前だけは八代六郎大将から聞いていたような気がするとし、

しかし第三者として見て、彼は実に立派な殺し方であり、且つ立派な死方であった。

と述べている。北には朝日の血染めの衣も贈られ、これが後に安田共済生命事件で一役買うことになる。

*1:現在の毎日新聞社とはちがう。北とは逆にヨッフェの来日に尽力した。十月事件のパトロンで、中野雅夫によれば荒木内閣の拓務大臣に擬されていたそうだ。