死ノ叫声・続

吾等十数年来造次にも此事を忘れず具さに肺肝を砕き家を捨て親を忘れ東に西に孤独流転し既に数百名の盟友を得たり、されど吾人は論議の価値なきを知るが故に敢て言はず叫ばず動かず組まず黙々の裡に胆を練り機を窺ひて悠々自適せり、彼の何等実行の真剣味なき無政府主義者と唱し共産主義者と唱する輩とは其の根底に於て全然相容れざるが故に彼等の如く妄せず論ぜざるのみ、更に亦々吾人と共鳴し得る国家社会主義者の一団あるを知るも之とて唯だ無用の論議をなすのみにて直に血をすゝり肉をけづり合ふに足るものにあらざるを知るが故に近かず計らざるなり。

昨夏予が組織せし平民青年党の如き今春計画せし神洲義団の如きは実に之が実行機関たらしむる真意なりしも軍資貧乏にして維持する能はず併も予の盟友たり配下は総て白面の若輩にして総ての計画も資金調達も予の苦策によらずんば立案するを得ざりしなり、既にして再度の計画ならざりしにより表面社会事業を標榜し仇敵たる富豪に出資せしめ徐々に一味の結束をなす目的を以て「労働ホテル」の建設を画策し渋沢子爵を動かし資金調達に半歳の努力を為せしも自己の利益以外には何等の国家観念も社会的責任もなき彼等奸富は事業の良否、効果の有無、経営者の当否等を按じて出資するに非ず、故に従来十万円の出資を五十万、百万にして回収し得る準備行為としては男らしく出資するものにして官憲よりの勧誘か其他政権を握り得べき政治家の勧誘には応じ然も表面社会奉仕の美名を売り衆愚を眩惑するものにして予が心血を注いでの奔走も遂に奔命に労するに過ぎざりき。予茲に於て軍資を得るの絶望にして吾徒の共同動作の難事なるを知り更に君側の奸を養ふ彼等奸富の代表的人物一二を誅し併も尚ほ反省し悔悟せざるに於ては予の残党をして決行せしむるの遅きに非らざる事を悟る。

幸にして予の行為効を奏し富豪顕官貴族等が悔悟し改悛せば即ち予の盟友も配下も沈黙す可く未知の共鳴者も騒がざる可く社会一般も平穏なるを得べきも然らざるに於ては随所に暗殺行はれ刺客出没し富豪も貴族も元老も之が番犬たる政治家も悉く白刃と爆弾との洗礼を受く可きものと知れ。

予の配下は未だ二十歳に満たざるの年少者のみにて今日の有識青年の如く打算的ならず小才子ならず共の特徴は愚直なるにあり不言実行にあり猪突なるにあり総て名利によつて起つに非ず信念に立つが故に強くして黙々たり、望む所は瓦全に非ず玉砕にあり、期する所は決死的真実にあり、天下の事総て賭博なりとの人生観と病死するよりも奸物を誅して死すは男子の本快なりとの気位とを強く鼓吹し置けり、加之親なく家なく教養なきが故に世を呪ふの眼と反貴族の深怨とを有せり愚かなるが故に頼母しく沈んで強し之等不学薄幸の徒を教養せしは即ち現今の軽薄なる学生等の遂に語るに足らざるを実験せし結果にして朝三暮四名論卓説の販売を為す彼の青年政客と称する猪小才子の如き、或は労働者を吸物とせる労働ブローカーの如きは共に倶に気の技けたビールに等し、されば予は最初の皮切として模範として一奸物を誅し自らも自刃すと雖も予の思想を体し抱負を汲める第二第三の士幾十度も出没して予の希望を貫徹し予等が渇望せる社会を実現す可きを信ずるが故に予は莞爾として往かんのみ。

朝日平吾は佐賀出身。若い頃は(この時点でも十分若いが)天鬼将軍*1の配下として満蒙独立運動に参加したりもしていたが、この頃は文中にも出てくる労働ホテルの建設を企てていた。渋沢栄一は金を出したようだ。

続く

*1:薄益三