新証言・伝説のタイトルマッチ

モハメド・アリジョー・フレージャーの第三戦”スリラー・イン・マニラ”を、フレージャーサイドから描いた傑作ドキュメンタリ。現在Web上で話題になるマイノリティ問題にも示唆するところが多く、是非とも総合テレビでの放送を望む。
アリは兵役を拒否しタイトルとプロライセンスを剥奪された。しかしフレージャーはこのアリの行動を勇気あるものとして認めた。彼はアリを文字通り物心両面で援助した。

ジョー・フレージャー「一日おきにアリから電話が来て話し合ってたよ。『今どこにいる?あの件はいつ行動に移すんだ?』『どの件?』『俺に協力する件だよ。俺たちが協力すればライセンスを取り戻せる』」

フレージャーはリチャード・ニクソンにまでアリのプロ資格剥奪の撤回を訴えたが、軽くいなされた。しかし時流がアリに味方をし始めた。アリは復権した。ところがそうするとアリは、フレージャーを口汚く罵り始めた。

その中でも特に、次のような罵倒はフレージャーには応えた。

モハメド・アリ「フレージャーは白人のあなたより始末が悪い。だから奴をアンクル・トムと呼ぶ。今のあいつは白人の手先だ」

根拠の無い罵倒に、フレージャーは言い返しようがなかった。フレージャーこそ南部の貧しい黒人であり、7歳から畑に出て働いた労働者階級の代表だった。自転車を買って貰えたアリとは全然違った。しかしアリは、フレージャーを応援する黒人がいたら、そいつは裏切り者だといって憚らなかった。アリの煽動に乗せられて、黒人雑誌までがフレージャーを攻撃し始めた。彼の息子は学校で、「お前の親父はアンクル・トムだ」といじめられるようになった。
二人の第一戦は、空前の盛り上がりを見せた。白人の保守層はフレージャーを支持したというが、肝腎の黒人から裏切り者扱いをされ、彼は辛かっただろう。フランク・シナトラがリングサイドでカメラを構え、実況はバート・ランカスターがした。アリは試合前、

「負けたら這いつくばってあいつのところまで行って、『あなたは偉大だ。あなたこそ世界チャンピオンだ』といってやるよ」

と公言していた。試合はフレージャーがダウンを奪い判定で勝った。しかしアリは判定を不服とし、公約を実行しなかった。その後、フレージャーはキングストンジョージ・フォアマンの凄まじいパンチの前に破れ、タイトルを失った。二人のリターンマッチは、両者無冠で行われたが、このときはアリが判定で勝った。反則すれすれのアリのホールディング作戦に、フレージャー陣営は怒ったが、それを尻目にアリは、キンサシャでフォアマンに挑戦した。そしてロープ・ア・ドープといわれる作戦でフォアマンのスタミナを奪い、KO勝利した。いわゆるキンサシャの奇跡である。このときもアリは、フォアマンを白人の手先と罵り、ザイールの人々の心をつかんでいる。その様子は「モハメド・アリ かけがえのない日々」のDVDで見れる。
アリ・フレージャーのラバーマッチは第一戦とは逆の立場で行われた。腐敗したマルコス政権は、国民の眼をそらすために、大金を使ってこの試合を招致した。アリ陣営は、フレージャーは終わっていると看做していた。フレージャーとの試合は楽な稼ぎになるとアリは考えて、マニラには妻ではなく愛人を同伴していた。

ーーーフォアマンとあれだけの試合をしたアリにあなたが勝てるはずはないと思っていたひともいるようですが
ジョー・フレージャー「アリとフォアマンは全然違うタイプのボクサーだ。一人は正真正銘のパンチャー、すごい破壊力のパンチを持ってる。もう一人はやたらとわめく男でジャブを打って逃げちまう」

マニラでアリはフレージャーをゴリラに見立てて、これを罵倒した。

モハメド・アリ「対戦に備えて俺は毎日動物園に通っている」「主義も主張も無い賢くもないただの劣った人間だ」

記者会見でゴリラの人形を、フレージャーに見立てて叩きまわるだけでは飽き足らず、リングに大きなゴリラの人形を上げて、「ジョー・フレージャー、ジョー・フレージャー」と言いながらパンチした。


それだけではなくゴリラの着ぐるみまで登場した。更に次のようなTシャツまで作っている。

フレージャーの練習に押しかけて喚き散らし、椅子を二階から投げ下ろすなど最早狂態と言ってよかった。ある日など、フレージャーの泊まっているホテルに押しかけ、ホテルの前で拳銃を発砲して騒いだという。

マービス・フレージャー(ジョーの息子)「あれは驚いたね。あいつ何をしにマニラへ来たんだってそのときは思ったよ」

ここまでアリが騒いだことについて、フレージャーは「俺が怖かったんだろう」と語っている。
試合開始前、ドン・キングが連れてきたレフェリーをフレージャー陣営が拒否した。そこでフィリピン人の俳優が急遽起用された。このレフェリーはアリがフレージャーの後頭部を抑えつけるのに注意を与えた。そんなことを注意するレフェリーは彼が初めてだった。試合は、序盤はアリ、中盤はフレージャーが取った。

ラリー・ホームズ「アリは蝶のようにパンチを繰り出したが、蜂のように刺したのはフレージャーだ」

しかしフレージャーの右目がふさがった。フレージャーは1964年の練習中の事故で左目が不自由になっていた。そのことはトレーナー以外は誰も知らないことであったが、右目がふさがれば、フレージャーは目が見えないも同然だった。13R、アリの右がフレージャーのマウスピースを吹き飛ばした。そして14R、この試合は伝説となった。
Joe Frazier -vs- Muhammad Ali III 9/30/75 (abc) part 1 - YouTube
Joe Frazier -vs- Muhammad Ali III 9/30/75 (abc) part 2 - YouTube
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Joe Frazier -vs- Muhammad Ali III 9/30/75 (abc) part 4 - YouTube
Joe Frazier -vs- Muhammad Ali III 9/30/75 (abc) part 5 - YouTube
Joe Frazier -vs- Muhammad Ali III 9/30/75 (abc) part 6 - YouTube

ファーディー・パチェコ(アリのドクター)「世界最高のボクサー二人が対戦している。ところがその片方は目が見えてない。由々しき問題だね。このスポーツがいかに体を痛めつけるかを物語っている。それとフレージャーがいかに頭が悪いかを証明している。俺はフレージャーに恨みを買うようなことだけは絶対にしたくないな。だってあいつは頭が悪いから、何をするかわからない」

14Rの後、アリはセコンドにグローブをはずしてくれと頼んでいた。一方のコーナーではエディ・ファッチが指を立て何本上げてるか言ってみろといった。「1本」とフレージャー。

エディ・ファッチ「ようしわかった。試合は中止だ」

フレージャーは激怒した。アリはリングに崩れ落ちた。
試合後のインタビューでアリは「彼はタフで、偉大なファイターだ」と答えた。またフレージャーの息子マービスに

「俺は君と君のお父さんとそして君の家族にこれまで自分が口にしたことを謝りたい。お父さんにも伝えてくれないか」

と語ったという。しかしフレージャーは納得しなかった。「どうして奴は直接謝りに来ない」

ジョー・フレージャー「俺は誇らしい。あの男に精神的にも肉体的にも立ち直れないようなダメージを与えてやった」

マービス・フレージャー「アリがアトランタオリンピックで聖火台に点火したとき、よせばいいのにレポーターが親父にどう思うって質問したんだ。そしたら親父は『火の中へ落っこっちまえ』って答えたんだ。冗談だと思ったけど本気だったみたいだ」

ジョー・フレージャー「やりたいようにやってきた奴はみんな同じだ。後でそのつけを払わされる。そういうもんさ。若い頃やっちまったことの始末は死ぬまでにつけておかなくてはならん。当たり前だろ。そういうもんだ」
ーーーアリはつけを払わされているということですか?
ジョー・フレージャー「ああそうだ。やつがしたことを神様は見逃さない」

ジョーの兄トミーが取材陣に聞く。

トミー・フレージャー「あいつの携帯に電話したことある?(・・・)ないの?それじゃ、留守電のメッセージも聞いたことがない?(・・・)じゃあ俺がちょっとかけてみよっか」

武骨な手で携帯をかけるトミー。呼び出し音の後、ジョーの留守番メッセージが流れる。

俺はジョー・フレージャー、剃刀みたいにシャープだぜ、ハハハ。蝶のように舞い蜂のように刺す"それは俺がやったこと。また電話してくれ。