再録・鈴木貫太郎×安藤輝三

近衛読書中隊 安藤大尉と鈴木貫太郎

今陸軍の兵は多く農村から出ているが、農村が疲弊しておって後顧の憂いがある。この後顧の憂いのある兵をもって外国と戦うことは薄弱と思う、それだから農村改革を軍隊の手でやって後顧の憂いのないようにして外敵に対抗しなければならんといわれるが、これは一応もっとものように聞こえる。(中略)
 しかし日本の民族が君がいうように、外国と戦をするのに、後顧の憂いがあって戦えないという民族だろうか、私はそうとは思わない。フランスくらいのことは日本人にできないはずがない。その証拠に日清、日露の戦役当時の日本人をご覧なさい、あの敵愾心の有様を、親兄弟が病床にあっても、また妻子が飢餓に瀕していてもお国のために征くのだから、お国のために身体を捧げて心残りなく奮闘していただきたいといって激励している、これが外国に対する時の国民の敵愾心である。しかるにその後顧の憂いがあるから戦争に負けるなどということは、飛んでもない間違った議論である、私は全然不同意だと。

これは鈴木貫太郎が尋ねてきた安藤輝三大尉に対して言ったとされる言葉で、彼の回想録から採っている。尋ねてきたというのは勿論2月26日のことではない。安藤大尉は蹶起以前に鈴木大将を尋ねており、これはそのときのこと。私は首相として日本を終戦に持っていった大将の功績を大いに認める人間だが、この回答ははぐらかしというか、正直ちょっといただけんなあと思う。まあ大尉が国防という角度から質問したためこういう回答になったとも言えるだろうけど。安藤大尉はこの話を聞いて大変喜んで帰ったと鈴木は書いている。しかしねえ、そのときはまあ感心したかも知れんが、後日ゆっくり考えて本当に心の底から得心がいったかどうか。