雪斎

金子雪斎語録

「人間が人間に対してお前は独立してはいけないなど、どうしていえるか。そんな馬鹿気た政治論は、いかに巧妙に潤色しても朝鮮人は誰も耳を傾けない」

そのころ先輩や友人と会合したとき、誰いうとなく、中野も政治家になったが食えないで困るだろうからなんとかしてやろうじゃないか、という話になった。中野も結構な話だと思って聞いていると、出席していた金子雪斎が、
「馬鹿なことをいうな。おれはこの年になるが、まだ代議士の餓死したのを見たことがない。おそらく外国にもないことだろう。この日本国で少壮代議士中野正剛が、ほんとに餓死したら日本国の誇だ。誰もかも功名を追い、利権を漁り、食い過ぎて脂肥りに回っているヤツばかり多い世の中に、一人くらい代議士の餓死も結構じゃないか。中野、貴様、ほんとに食えないほどなら誰も食ってくれと頼みはせぬぞ。誰に義理立てして食う必要もないんだから、貴様、食わずにやって見ろ。中野正剛が議政壇上で演説をやっている最中に、色青ざめて倒れたとする。そこで医務室に担ぎ込んで診察して見たら、可愛想に一週間も食わずに働いたため、胃袋になにも入っていなかったということがわかったらどうだ。まさに空前の椿事とあって、かならず天下の新聞に喧伝されるだろう。世間はこんな男を決して捨ててはおかぬ。ひとたびこれまでに徹底すれば、中野が政治的良心を失わずに奔走するかぎり、求めずして天下は麦飯くらい提供するだろう。むかしから志士仁人でこれくらいの覚悟がないものはないのだ。どうだ、わかったか。わかってもわからなくても、おれはこんな会は御免こうむる」

猪俣敬太郎『中野正剛の生涯』より