わがいのち果てる日に

花山信勝師に関する本を読んだので、ついでに巣鴨プリズンの二代目教誨師、「巣鴨の父」と慕われた田嶋隆純の著作『わがいのち果てる日に』を購入し、読み始めた。

 それにつけても私は、終戦直後、全国のラジオから「真相はこうだ!」と呼びかけたあの声を思い出す。
 真実は人によって作られてはならない。
 私は巣鴨の人々と接するに至って、「世間虚仮、唯仏是真」の思いを深めずにはいられなかった。固よりこの人達の言葉が総て真であるか否か、それも亦一概に断定し難いであろうが、少なくとも彼らが、ひたすら祖国を思い、ただただ勝たんがための一念より戦ったことは、否定できない。彼らの多くは、平和な家業から一枚の赤紙で呼び出され、氏神様の境内で歓呼の辞を浴びせられて来た人々である。
 戦争はたしかに罪悪だ。仏徒として、私は飽くまで戦争を嫌悪し否定する。
 昭和十六年六月太平洋に孕む戦争の危機を黙視し難く、私が基督教代表の藤井教授と共に渡米して、米国各地に平和維持の遊説の旅を続けたのも、そのためであったが、不幸にして私の微力は何の支えともなりえなかった。
 しかし、たとえ戦争が罪悪であったとしても、一度国を挙げて死命を争うに至った以上、当時の日本国民として、怨敵必殺の信念に燃えたことは当然である。はたして、これを個人の罪に帰して足れりとなし得るであろうか。