土佐のいごっそう〜 土居明夫

終戦を迎えると土居は、敵将湯恩伯の友情と協力の下、戦後処理に腕を振るった。第十三軍嘱託であった村辺繁一氏は土居に関して強烈な思い出がある。終戦後間もなく、ある日本人女性が米軍に拉致され、数週間後米ドルを貰って帰ってきたという事件が起こった。上海在留日本人は大騒ぎとなり、日本倶楽部で対策会議が開かれた。村辺氏は市川治参謀と相談の上、花柳界の女に因果を含める外あるまいという意見をまとめ、それを会議の席上で述べた。すると・・・

「じっと黙って聴いておられた土居閣下は、やおら私を睨みつけるようにして、『おれは女のけつで楽をしようとは思わぬ。いかない時はおれが死んでやる』と大喝される。この時の閣下は正に神か人か、帝國軍人はかくこそあるべし、拝みたい程の感激に胸が熱くなる。
泣きながら『閣下、非常の事態です。大の虫を生かすためです』と声を震わせる。閣下は私を顧みて『二度というな』とまた大喝された。あの時位心で泣いたことはない。幸いにして翌日から湯将軍の命令で日本人居住地域には柳団長の巡邏隊が出るしバリケードを築いて貰ってその後このような不祥事は起きなくてすんだ。閣下の決断によるところであると思う」(『一軍人の憂国の生涯』より抜粋)

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土居中将は、反骨心と実行力に溢れた土佐のいごっそうという感じで、私もかなり好きです。ソ聯時代のエピソードも面白いですが、やはり上記のセリフが最高。
「女を差し出して自分が助かろう何て思わん。どうしても出せというなら、わしが腹を切ってやる」
土居さんが腹を切って事態が好転するかはともかく、戦争も漸く終り命の心配も無くなったときに、こんなこと言いきれる人はそう居ないでしょう。。